ツェチュはグル・リンポチェ─「至宝の師」─にちなんだ祭である。数々のチャム(仮面舞踏)が見どころだ。
グル・リンポチェは別名パドマ・サンバヴァといい、8世紀にインドから、「虎の背にまたがり山々を飛び越えて」ヒマラヤ地方にやってきた。チベット仏教ニンマ派の開祖として、ブータンではブッダに次ぐ聖者とされている。
ツェチュは「月の十日」を意味する。グル・リンポチェは12の偉業を毎月10日にあらわした。そこでツェチュ祭は月に一度、旧暦の10日に、ブータンのそこここで催される。うち4月のパロのツェチュが、国王が来ることもあるブータン最大の祭である。
この日は全5日間の祭の日程の4日目にあたった。
パロ・ゾン。写真じゃわからないけど相当大きい。
ゾンとは地方政庁と寺を合わせた建物で、一種の城塞といえるだろうか。パロのゾンは元々修行場だったのが、焼失して1907年にゾンに建て替えられた。映画『リトル・ブッダ』のロケにも使われた、趣のある場所だ。
手前の屋根つきの木造の橋を渡って坂道を徒歩で上るべきなのだが、運転手ウゲン氏がほど近い場所まで車で送ってくれた。交通整理の警官は、私の2重巻きサポーターと杖を目にすると快く車を通した。ゲデン氏は気をきかせて、チャムの舞い手の登場口のそばといういい席を確保した。そこだけぽっかりと空いていて、どうやら私のために誰かが席を譲ってくれたものとみえた。
ブータンの人は親切だな。
ありがとう。
会場であるゾンの中庭に、民族衣装で着飾った善男善女が大集合していた。
「今年も盛況じゃのう」。
3千人ほどはいただろうか。見る間に5千人ほどにふくれあがった。
パロの人口は1万5千人。ブータン全土では約70万人。5千人の集まりはおおごとであることがわかる。(日本の人口にあてはめると85万人ぐらいだ。どんな騒ぎやねん。)
アナンのよきジンクスが発生した。
「旅先で祭のおいしい場面に出会う」。
バリ島では私の好きな神様・弁天に奉納するバリ舞踊を、たまたま泊まった宿の女将が寺院で踊って(踊り子さんだった)、私は僧侶から祝福を受けた。インドでは大きな弁天祭に出くわした。
パロ・ツェチュでは、日程の都合であきらめていた「四頭の牡鹿の舞」を、奇跡的に見ることができた。
おそらく仏教が伝わる以前の自然信仰の姿をとどめた、シャーマニスティックな踊りである。
グル・リンポチェは、悪い風神を調伏した後、風神の乗り物だった牡鹿に乗った。
パーーン、パーーン、パーーン、・・・
パーーン、パパパパパパパ、パーン、・・・
楽器は8小節の緩慢なシンバルのみ。
7小節目の変則的な、微妙な遅れが、ワルツの2拍目のように踏み込んで、次への期待を高める。
音は観衆を包み込み、私を揺るがせて突き抜ける。
舞い手は僧侶たち。
ゆるりゆるりと旋回する。
仮面をかぶって鹿の精霊を身にまとい、トランス状態に達しているかのようだ。
雲間から陽がさし、一気に山上世界の暑さが襲ってきた。
人々は光をよけながら見入っている。
空の近さが尋常ではない。宇宙の闇を映した深い青だ。
幕間には一般市民による民俗舞踊が演じられる。
澄んで単調な、どこかものがなしい民謡。
若い男女の舞。
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